Mosuke Yoshitake芳武茂介について


芳武茂介の世界
Mosuke Yoshitake

“gatta!” 芳武茂介とクラフトデザイン

山形のフリーマガジンgatta! vol.165の特集企画で芳武茂介とクラフトデザインが8ページにわたり掲載されました。P9には鋳心ノ工房で復刻した芳武の作品も紹介されています。

[2018.06.08]

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やまがた再発見 芳武茂介


芳武茂介氏の紹介

Profile of Mosuke Yoshitake

【芳武茂介 略歴】

1909年:山形県南陽市に生まれる
1930年:東京美術学校(現 東京藝術大学)工芸金工科に入学
1935年:東京美術学校工芸金工科卒業、
商工省工芸指導所勤務(産業工芸試験場と改称)意匠部長を経て、1961年退官
1956年:美術工芸界を去り、デザインによる工芸の再建をめざし日本デザイナークラフトマン協会(現 社団法人日本クラフトデザイン協会)の設立に尽力、同協会の理事、理事長に就任。
1961年:産業工芸試験所退官後、デザイン事務所東京クラフトを設立
武蔵野美術大学教授就任、美術資料図書館長、理事を経て、1981年退任
1974年:第1回国井喜太郎産業工芸賞受賞
1976年:芸術選奨文部大臣賞受賞
1980年:勲四等旭日小授章を叙勲
1981年:武蔵野美術大学名誉教授、財団法人工芸財団理事
1993年:南陽市名誉市民
1993年:没、享年83歳
著書 1960年「北欧デザイン紀行」1971年「焼きもの塗りもの金もの」1981年「用のかたち用の美」

1909: Born in Nanyo City, Yamagata Prefecture
1930: Enrolled in the Tokyo Institute of Art, Industrial Metalwork (currently Tokyo University of the Arts)
1935: Graduated from Tokyo Institute of Arts
   Worked at Ministry of Commerce and Industry Crafts Guidance Center (renamed as Industrial Crafts Laboratory)
Retired in 1961 after working as Design Manager

1956: Leaves the arts and crafts world and strives to establish the Japan Designer Craftsmen Association (currently Japan Craft Design Association) with the aim of rebuilding crafts by design.
Appointed director and chairman of the association.
1961: Established design office Tokyo Craft after retiring from the Industrial Crafts Laboratory.
Became a professor at Musashino Art University, then served as director of art materials library, University board member, and retired in 1981.
1974: Received the 1st Kitaro Kunii Industrial Crafts Award
1976: Received the Minister of Education Award
1980: Received the 4th grade Asahi Nihon Emeritus
1981: Professor Emeritus Musashino Art University, Director of Kogei Foundation
1993: Honorary citizen of Nanyo City
1993: Passed away, 83 years old

Books 1960 "Nordic design travelogue" 1971 "Ceramics, Lacquerware, Ironware" 1981 "Shape of use Beauty of use"

[2018.02.16]


芳武茂介(よしたけもすけ) 「デザイン多々益々弁ず」

「デザイン多々益々弁ず」 芳武茂介(よしたけもすけ)
日本デザイナー・クラフトマン協会理事 武蔵野美術大学教授 

戦後のデザイン運動は産業の復興にともなって急速に伸び、驚くような短期間で、モノの豊かな社会の建設に一役を演じた。目新しい機器類を大量に家庭に送りこんだ工業デザイン、映像や音響を新しいメディアに加えたコミュニケーションデザイン。ともにデザインをよく弁じて、それを世に認識させた役割は大きい。

[2018.02.16]

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私の転機

昨秋木版画棟方志功氏をモデルにしたテレビドラマを見た。おおよそ私たちと年があまりちがわぬ画家の生涯が、小説のなりテレビドラマになるのは珍しい。セリフに「帝展」という言葉がしきりに飛び出す。今の人たちには考えられぬだろうが、帝国美術院が主催する官展に入選することが、当時の画学生、とくに田舎からでてきた若者たちの一大願望だったことがよく物語られていた。

[2018.02.16]

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私の工芸デザイン

My handicraft design, Mosuke Yoshitake, 1989

日本の風土で育ち、形づくられた簡素な生活文化のうちで工芸を愛する。  伝統的な固有工芸技術のなかには、今日の生活に機能する要素が少なくない。より今日に機能するためには、工芸とは本来文化財であると同時に経済財だったことをあらためて考えたい。
技術の普及発達と、民主主義社会の出現を背景にしてクローズアップしたデザイン思考はモノを生む側の論理だけにとどまらず、モノの流通や消費をも踏まえた生活用具の良質主義にほかならない。
私はデザインの姿勢に立つ工芸家のつもりで仕事をつづける。

I grew up in the Japanese culture and love crafts in a simple and shaped life cultures. Among traditional craft techniques, there are many elements that function in today's life. In order to function even more today, I would like to think that crafts were originally cultural assets as well as economic ones. The close-up design thinking against the background of the spread of technology and the emergence of a democratic society is not only the logic of the side that produces things, but also the quality principle of daily life tools that also considers the distribution and consumption of things. I continue my work as a craftsman with a design attitude.

[2018.02.16]

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芳武茂介デザイン・絵画展示室のご案内

芳武茂介が愛した故郷、南陽市宮内の宮内公民館内に芳武茂介の仕事が展示されています。
山形鋳物の鉄器、信楽焼の陶灯、ガラス花器、陶絵、絵画等
ぜひご覧ください。

山形県南陽市宮内3478
TEL/FAX:0238-47-3112
日祭日・月曜日休館 9:00~17:15
◎おいでになる際は、お電話にてご連絡下さい。

[2018.02.16]

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